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東京高等裁判所 昭和62年(う)143号 判決 1987年5月26日

控訴人 弁護人

被告人 中嶋清貴

弁護人 高松滋

検察官 須田滋郎

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中二一〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高松滋作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官須田滋郎作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

一、所論は、被告人は、本件各犯行当時、シンナーの長期乱用によつて生じた「カプグラ症候群」と呼ばれる妄想(「別人が両親になりすましている」という妄想)を中核とし、これに「両親に入れ替つている男女から攻撃を受けるのではないか」という被害妄想、直前のシンナー吸引による急性酩酊の影響等が加わつて、是非善悪を弁識し、これにしたがつて行動する能力を全く喪失した心神喪失の状態にあつたものであり、被告人が本件各犯行当時心神耗弱の状態にあつたとしてその限定責任能力を肯認した原判決には事実の誤認があるというのである。

二、そこで、原審記録を精査検討すると、本件各犯行当時の被告人の精神状態については、原審において、捜査段階において作成されたところの、東京医科歯科大学難治疾患研究所講師影山任佐作成の「殺人被疑事件被疑者中嶋清貴精神状態鑑定書」(なお、同人については、原審第四回公判期日において、証人としての尋問もなされている。以下、これらを総括して「影山鑑定」と略称する。)と、筑波大学教授小田晋作成の「殺人事件被疑者中嶋清貴精神状態鑑定書」(なお、同人については、原審第三回公判期日において、証人としての尋問もなされている。以下、これらを総括して「小田鑑定」と略称する。)とが提出、取調べられているとともに、原審公判段階で作成された鑑定人帝京大学教授風祭元作成の「殺人被告事件被告人中嶋清貴精神鑑定書」(同人についても、原審において、受命裁判官による鑑定人尋問がなされている。以下、これらを総括して「風祭鑑定」と略称する。)の取調がなされている。

1、そして、影山鑑定の骨子は、「被告人は、本件犯行当時、有機溶剤の長期乱用に基づく中毒性精神病状態にあり、両親は別人の替玉であるとのカプグラ症候群を示すとともに、両親と入れ替つか男女から殺されてしまうという被害妄想を生じ、この妄想的確信(カプグラ症候群と被害妄想)を基盤に有機溶剤急性中毒における脱抑制による短絡反応として本件各犯行に至つたものであり、本件各犯行が病的体験に支配され、これに影響された犯行であることは明白であるから、被告人は本件各犯行当時いずれも責任無能力であつたと認めるのが妥当である。」というのである。

2、これに反し、小田鑑定の要旨は、「被告人は有機溶剤の長期乱用によつて、『両親が何者かに入れ替つている。』との妄想様観念を生じ、いわゆるカプグラ症候群と呼ばれる中毒性精神病状態が本件各犯行の動機に重要な関与をしていることは否定できない。これに有機溶剤酩酊が合併し、事理を弁識し、その弁識に従つて行為する能力に著しい障害を生じていたと考えられる。ただ精神分裂病者に生じるカプグラ症候群には知覚障害が存在せず、突発的に生じ、なみなみならぬ確信を持ち、経験や推理によつて影響されないものであるのに対し、本件被告人の場合の右症候群は、有機溶剤による酩酊といつた知覚障害を背景に、両親に対する敵意といつた心的機制が作用して生じていたと思われ、被告人自身本件犯行前日まで両親が別人と入れ替つているという観念について半信半疑であつたし、逮捕直後すでに病識が存在し、薬物治療や専門家による精神療法等なしに右妄想様観念が消失してもいる点等からして、精神分裂病者にみられるものと質的に異り、人格の中核まで妄想に支配され障害されていたものとは認められない。そして、妄想の内容も、被告人が今にも生命の危険を感じるといつた緊迫したものではなく、また本件各犯行当時の有機溶剤による酩酊の程度も、抑制の欠如は見られるものの、普段の酩酊と量的・質的に異なるものではなく、見当識や記憶は保たれ著明な意識障害は存しなかつたことをも考え併せると責任能力を完全に喪失していたと認めるのは疑問である。」というのである。

3、また風祭鑑定の要旨も、「被告人は、本件各犯行当時、有機溶剤の長期乱用によつておこつた『カプグラ症候群』といわれている妄想状態にあり、これに有機溶剤による急性酩酊の影響が加わつて、正常な判断力と抑止力が著しく障害された状態にあつたが、被告人の犯行前後の行動には論理的な理由があるようにみえるものがかなりあつて、右判断力、抑止力が完全に喪失していたとまではいえない。」というのである。

三、右三つの鑑定は、本件各犯行当時の被告人の精神状態が、シンナーの長期乱用によつて生じた中毒性精神病状態としての、「カプグラ症候群」と呼ばれる妄想に支配され、これに直前のシンナー吸引による急性酩酊の影響が加わつたものであつたとする限度においては軌を一にするものである。

1、このうち被告人が本件各犯行当時「カプグラ症候群」と呼ばれる妄想に支配されていたとする見解は、次の諸点から十分に首肯するに足りるものである。

すなわち、第一に右は、原審取調べの関係各証拠により認められるところの、被告人が本件以前かなり長期間にわたつてシンナーを乱用し続けてきた事実や、本件犯行にいたるまでの経緯、本件各犯行の態様、本件各犯行後の被告人の行動など、本件を中心とする客観的な事実関係の流れとよく符合している。

また、第二に、被告人が本件各犯行の動機として、捜査段階の当初から一貫して供述しているところともよく符合している(そもそも、本件各犯行当時被告人が、いかなる異常感覚に支配されていたのか、及びこの異常感覚がいかなる強度をもつたもので被告人がどの程度これに影響され支配されていたかという点については、事柄の性質上被告人自身の供述するところに大巾に依拠せざるをえないと思料されるところ、この点につき被告人が供述するところに関しては、その信用性について慎重な吟味が必要であることはいうまでもないが、風祭鑑定も指摘しているように、右のような主観的異常体験を述べる被告人の供述が、前述のように捜査段階の直後からほぼ一貫していること、被告人の供述しているところの症状は、従来精神医学者によつてその症例が報告されているところの「ソジーの錯覚」あるいは「カプグラ症候群」と呼ばれる症状によく符合していること、被告人が従来こうした精神症状について何らかの予備知識を有していたことを窺わせる何らの証拠もないこと、被告人はこれまでその生活態度についてしばしば両親に叱責されたことにより両親に対してある種の不快感を抱いていたことは窺われるものの、両親との間に従来格別不和というほどの緊張した関係にはなかつたことは証拠上明らかであるし、その他本件ではその動機として考えられるような事情は全く窺えないこと、被告人がこのように従来格別不和であつたとまではいえなかつた両親を突然襲い、原判示のような残忍悽惨な方法で両親を殺害しているという本件の各犯行の異常さ自体からしても、そこに何らかの異常心理、精神障害が大きく作用していたであろうことは否定しうべくもないことなどに徴するとき、被告人がことさらに右のような妄想を虚構供述しているという詐病佯狂の疑いや、己れの罪責を軽減せんがためことさらに本件各犯行当時の自己の心理を歪曲あるいは誇張しているという疑いをさしはさむ余地はないと思料されるのであり、したがつて、被告人の本件犯行当時の自己の心理状態に関する供述部分はその大筋において十分に信用できるものと考えられる。)。

さらに、第三に、被告人には右妄想の原因となるような精神分裂症等の疾患もなく、また、そうした精神病に罹患しやすい遺伝的負因もない(右の三つの鑑定が一致して認めるところである。)。

なお、第四に、被告人の場合、その「カプグラ症候群」の特徴的症状は、シンナーの吸引がひんぱんになつた本件各犯行の約一ケ月前から急速に強まつている反面、本件によつて逮捕、勾留されシンナーから隔離されるや、その症状が急速に低下、消失しており、その症状の濃淡と被告人のシンナー吸引の頻度との間に強い相関関係が認められるものである。

2、また、右各鑑定意見のうち、本件各犯行当時、被告人がその直前のシンナー吸引による急性酩酊状態にあつたとの点も、関係各証拠によつて十分に裏付けられており、疑いをさしはさむ余地のないところであることも原判決が説示しているとおりといわなければならない。

四、そこで、次に、右のように、影山鑑定は心神喪失という結論に傾くべき内容であるのに対し、小田鑑定及び風祭鑑定は心神耗弱という結論に傾くべき内容となつているのであり、そのいずれを採用すべきかを検討する要がある。

1、まず、右カプグラ症候群による妄想がどの程度強固なものであり、どの程度まで被告人を支配していたかという点であるが、この点については、影山鑑定においては、右妄想は本件各犯行の約一ケ月位前から徐々に形成され、同人が問診をした段階まで継続的に存在した確信となつており、きわめて持続的、固定的なものであり、精神分裂症に起因するカプグラ症候群とは質的に異なつたものではないとされているのに対し、小田鑑定においては、本件各犯行の前日まで被告人自身半信半疑であつたことからも明らかなように、約一ケ月前から持続的、固定的な確信として継続していたものではなく、そのような入れ替りの疑念が生じたり消えたりしつつ、シンナーの乱用が頻繁になるにつれて強まつていつか浮動的なものであつたのであり、また、その疑念もかなり非確信的なものにすぎず、本件各犯行の際も、シンナーの吸引をやめてから約一時間を経過していることに徴し、かなり醒めた状態になつていた(シンナー吸引の急性酩酊状態は吸引をやめるや急速に醒めはじめるものであるとする。)こともあり、本件各犯行当時被告人は右妄想観念に完全かつ全面的に支配されていたわけではなく、なお、一面においては正常な意識も残つていたものであり、精神分裂症の場合に見られるカプグラ症候群の場合には、知覚障害は存在せず、突発的に生じ、なみなみならぬ確信を持ち、経験や推理によつて影響されない、いわば人格の中核まで妄想に支配侵害された状態であるのに反し、シンナーの吸引により生じた被告人のカプグラ症候群と呼ばれる妄想は、シンナーなどによる酩酊といつた知覚障害を背景に、両親に対する敵意といつた心的機制が作用して生じたものであつて、その内容も相手が別人と完全に入れ替つているというような確信的なものではなく、いわば写真の二重写しのような形で、本人と別人とが重複しているように感じているという形態のものにすぎず、人格の中核をも完全に支配侵害しているものではないというのであり、風祭鑑定もほぼ小田鑑定と符合する見解に立つているものである。

2、そこで、この点について吟味検討することとする。

(1)  まず、この点に関する被告人の供述をつぶさに検討すると、司法警察員に対する昭和五九年三月六日付供述調書では、「見ているうちに母の顔じやあなくして似ている顔はしていても母じやあないのを知りました。」、「私は外で云つている人は父じやあないと思つて、登山ナイフを右手にしてやや後ろに隠して………」、「今でも母と父を殺したのではないと思つています。よその知らない人を殺したと思つています。」などと供述しており、司法警察員に対する同年同月九日付供述調書では、「両親を殺したという事ですが、ほんとうに私は他人に見えたからコタツに入つていた母の顔が違つていたから………。この父というのは、いつ頃からか覚えていませんが、私の父じやあないと思う様になりました。父じやあないのを確認したのは、三月二日の夜、父が会社から帰つて来てそれから一階の部屋で母を前にしてコタツで酒を飲んでいる父にたのんで腹の傷を見せてもらいました。………私が頼んで見せてもらつた人の傷は、同じような傷でも違つていました。そんな訳で、私は、父じやあないその男を殺してやろうと………」と述べており、検察官に対する同年八月七日付供述調書では、「三月二日の夜、お父さんから腹の傷を見せて貰い、この人は本当のお父さんではない、別人だなと思いましたが、それでも夜中にお父さんのことを考え続けていたということはありませんでした。」と述べ、また、検察官に対する同年同月八日付供述調書では、「一晩中、眠れなかつた私の気持はイラ立つておりましたが、その間お父さんのことを本当のお父さんではないと考え続けてイラ立つていたわけではありません。………」と述べ、また、検察官に対する同年八月八日付供述調書では、「お母さんが戻つて来ましたので、何か食べる物はないかと思つて一階へ下りて行つたように思います。お母さんが本当のお母さんであるかどうかを確かめるつもりで一階に下りたのではないと思います。………私からお母さんには声はかけずに、お母さんの顔を見たのですが、見ていると何となく違う人に見え、私は三〇秒ほど顔を見ておりましたが、お母さんに似てはいるものの、この女はお母さんとは違うなと思いました。どこがどう違うのか、具体的には説明できませんが、お母さんとは顔が違うと思つたのです。私が両親を本当の両親ではないのではないかと疑い出したのは、一か月ほど前の二月初めころからのことでした。例えばお母さんの場合、お母さんの顔を見た時に似てはいるけれども微妙に違う気のすることがあつたのです。しかし、違う気がすることがあつても、そのままずつと疑うというわけではなく、直ぐ忘れてしまい、その後暫くして、また顔を見た時にまた疑うといつた状態であり、事件までにお母さんのことを別人ではないかと疑つたのは二回か三回程度でしたし、別人だと確信していたわけでもありません。お父さんについても、事件の一か月くらい前からこれは本当のお父さんではないのではないかと疑うことがありました。そう疑う時には、本当のお父さんに比べて体が大きく見えたり、あるいは顔が違うように見えたりしたからです。しかしお父さんの場合もパツと見て疑うが、直ぐに忘れてしまい、その後また疑うことがあつても顔を見なければ疑いが消えるといつた状態であり、約一か月間に、お父さんのことを疑つたのは四、五回でした。………三月二日の夜傷跡を見せて貰つたところ、男のへそのところで傷跡の線が曲つていたりしており、私の記憶にあるお父さんの傷跡とは違うように思いました。ですからお父さんについては三月二日夜の段階で、これは本当のお父さんではない、別人だと思つたのです。………お母さんの顔を見ている間、そしてこれはお母さんではないと思うようになつている時に………、しかしそれと同時にこれから家に戻つてくる、お父さんになつている男に不安も感じました。お父さんになつている男が家に戻つてきて、この女が死んでいるのを見つければ、一体私に何をするかという不安を感じたのです。………」と述べているのである。

また、原審公判廷においては、(問)(母親について)「二重写しになつたような状態なんだろうか、それとも全然別個の人間が入れ替わつている状態なんだろうか。」(答)「完全に別個じやなくて二重写しに近いと思います。」(問)「それでお父さんの方はどうなの。刺す時の気持もやつぱり今のような二重写しの状態なのか、それとも全然別個なのか。」(答)「お父さんの場合はお腹の傷が違うと思つていたんで違う人じやないかなと思つていましたけど、やはり二重写しの違いでした。別人ではなかつたと思います。」………(問)「それでずつと疑つているわけではなくて、ときには本当のお母さん、お父さんだと思つたり、また、怪しんだりということですか。」(答)「そうです。」(問)「どういうときに怪しむということになるんですか。」(答)「吸引中です。吸引しているときです。」………(問)「最中ですか。」(答)「最中は会いませんから。最中は声だけで、顔はトイレに下りたときとかそういうときに会つたときに違うんじやないかなと。あとは吸い終つてから近い時間とか、吸わないときにはそういうふうには考えないことになつているんです。吸うと、そういうふうに、そういう世界というか違うような世界が頭に浮んでくるんです。」(問)「吸うと必ず思うんですか。」(答)「必ずじやないんですけれども。」(問)「思うときと思わないときがある。」(答)「両親に神経がいくときはやつぱり違うように。」………(問)「吸わないときは思わないわけ。」(答)「吸つてないときは思いません。」というやりとりになつているのである。

これらの被告人の供述を見るかぎり、被告人のカプグラ症候群と呼ばれる妄想は、小田鑑定が指摘しているように、本件の約一ケ月位前から牢固たる確信として終始被告人に内在していたわけではなく、本件各犯行の時点ではかなり強固なものであつたことは否定できないけれども、それ以前においては生じたり消えたりする浮動的なものであり、かつ、その内容も半信半疑という非確信的なものであり、また、完全に別人が入れ替つているというのではなく、本人と別人とが写真の二重写しのような形で重複しているという形態のものであるといわなければならない。

(2)  また、被告人の本件犯行の際及びその前後の行動をみると、被告人は自己の置かれた時間的、場所的状況や周囲の者の行動等をかなり的確に把握し、その把握した事態に応じて自己の意図するところを実現するために、適切、合目的的に行動していることが認められ、さらには、被告人がかかる状況について、本件犯行後相当の日数が経過した後においても、なお鮮明詳細な記憶を有していることが認められるのである。このことは、本件各犯行当時被告人の意識は清明であつて何らの意識障害もなく、また、見当識もよく保たれていたことを物語つているといわなければならない。

(3)  加えて、被告人が本件犯行当日もシンナーを吸引したが、母親にその事実を秘匿するため、母親が普段帰宅する午後五時より約一時間前にこれをやめていること、被告人が、母親殺害の際の己れの心理状態について、「私は大変なことをしていることも分かつておりましたから、恐ろしく、もう刺すのはやめようかとも思つたほどでした。………女が死んだと思つてから私は大変なことをしてしまつたと思いましたし、これでもう私も終わりだ、私も死ぬなと感じました。死ぬというのは自殺するという意味ではなく、警察に捕まれば、人一人殺したのだから死刑になるだろうと感じたという意味です。」と述べていること(検察官に対する昭和五九年八月八日付供述調書。原審公判廷では、被告人は、母親を殺すときも父親を殺すときも心臓がどきどきしたと供述している。)、被告人が母親殺害後その死顔の上にカーデイガンをかぶせていること(被告人は、その動機について、右供述調書において、「女の死顔は苦しそうな表情であり、とても見ていられませんでした。」と供述している。)、本件各犯行の後被告人は自分が警察に逮捕されるであろうことを予測し、捕まつた後自分がどうなるかと思つて怖かつたと述べていることなどの諸事実に徴するとき、本件犯行当時被告人には己れの行動の反規範性、反倫理性を認識理解していた面も窺われること、さらには、被告人には、警察署に同行されて警察官から本件犯行について尋ねられた際、別人が両親になり代つているという自分の説明が警察官に受け入れてもらえない、という意識が強く働いていたことが窺われ、このことは自分自身はこのように考え信じているものの、反面かかる説明が常識に反する奇異なものであることを、被告人自身が認識していたことを物語つていることなどの事情も認められるのである。

(4)  以上の諸事情を総合すると、本件各犯行当時被告人のカプグラ症候群と呼ばれる妄想は、かなり強く被告人を支配しており、被告人は右妄想に引きずられて本件各犯行に及んだものであることはまぎれのない事実ではあるけれども、右妄想は未だ被告人の人格の中核にまでも浸透してこれを完全に支配していたものではなく、一面ではなお正常な意識が残つていたことは否定しがたいところと思料されるのであり、影山鑑定はこの点において首肯しがたいものを含んでいるといわなければならない。

五、次に、右の三つの鑑定を対比するとき目につくのは、このカプグラ症候群と呼ばれる妄想から、「両親になりすました別人に攻撃される」という被害妄想が派生的に生じ、この被害妄想が競合的に本件の動機に何らかの影響作用を及ぼしているとする点では、右の三つの鑑定は共通しているのである(被告人の供述するところによれば、本件の二、三日前から被告人が登山ナイフを身につけるようになつていたことが認められるのであり、この事実からしても、被告人にこの種の被害妄想があつたことは明らかであるといつてよい。)が、その影響度、寄与度という点については、影山鑑定と他の二つの鑑定とではかなりニユアンスが異なつたものとなつていることである。すなわち、影山鑑定においては、「両親と入れ替つた男女から殺されてしまう」という被害妄想は、カプグラ症候群による妄想自体ほど強度なものではなかつたにせよ、確信といつてよい程のものになつていたとされているのに反し、小田鑑定においては、「妄想の内容も被告人が今にも生命の危険を感じるといつた緊迫したものではな」いとされており、風祭鑑定も「その人達に自分が何をされるかわからない」という恐怖感が現われていたとしながらも、その恐怖感は漠然とした切迫性を欠くものであつて、確信とまでいえるようなものではなかつたとみているようである。

1、そこで、まず、この点に関する被告人の供述をつぶさに検討してみると、司法警察員に対する昭和五九年三月六日付供述調書では、「私は、『人の家に上り込んでふざけた女だ殺してやろう』と思い、台所に行き、流しのまな板の上の包丁を右手に持ち、一階の女の所に行きました。」と述べ、司法警察員に対する同年同月九日付供述調書では、「そのナイフは三月一日頃の昼頃から持つていました。その理由は、持つていた方が安全で気持ちが治ると思つていたからです。」と述べ、検察官に対する同年八月八日付供述調書では、「それは、シンナーを吸つていて、漠然とした怖さだつたのですが、何となく怖い気持になり、ナイフを持つていた方が安全だという気持になつてナイフをズボンにはさんでシンナーを吸うようにしていたのです。その時の怖さとは、具体的にどこの誰から何をされるとはつきり考えていた怖さではなく、先程も云つたとおり漠然としたものだつたのですが、シンナーを吸い終わりますとその怖さがなくなりますので、その怖さがなくなつてナイフのことに気付けば、また引出しに戻したり、あるいは枕の下に置いたりしており、翌日、またシンナーを吸う時にズボンにはさんでシンナーを吸うという状況だつたのです。………三月三日の場合も………、シンナーを吸つている時の何となく怖い気持は、吸い終つて三〇分もしたころには消えておりました。ですから、この日お母さんが家に戻つて来た時には怖さは消えておりました。………お父さんについては三月二日夜の段階で、これは本当のお父さんではない、別人だと思つたのです。しかし、そう思つたからといつて、その男をどうこうしようとは考えませんでした。ただ、何となく気味が悪い感じはしました。……その女には私を襲う気配はありませんでしたから、私はその女から殺されるとか、何かされるといつた恐怖心や不安を感じたわけではありません。しかし、これは違う女だと思つた私はカツとなり、頭に血が昇りました。………お母さんではない女が、お母さんになりすまして、これまで私にやれ仕事をしろとうるさく文句を云つたりしていたのだと思い、それでカツとなつて血が昇つてしまつたのだと思います。カツとなつた時には、この女は許せない、殺してやれという気持になつておりました。……ところで、お父さんのふりをしている男は三月二日の夜も、別に私を襲いませんでしたし、私に危害も加えませんでした。ですから、その男が三月三日の夜、家に戻つてから私を殺すに違いないと思つていたわけではありません。その男が刃物を持つていると思つていたわけでもありません。しかし、その男に対しては不安を感じておりました。男を家の中に入れて男が女の死体を見つければどうなるか、私が女を殺したことを知れば男は私を襲うのではないかという不安を感じておりました。………私の気持の中に、本当のお父さんに対する恐ろしさ、どうしても一対一では勝てないという気持があつたために、相手の男をお父さんではないと思いながらも相手が何もしないうちに私の方から先制攻撃で殺すしかないと考えたように思うのです。」などと供述しているものである。

さらに、原審公判廷においても、(問)「あなたの調書によると、今読んでもらつたと思いますけれども、自分のお母さんになりすました女の人が目の前にいる、ふざけた女だと思つて頭に血がカツとのぼつたというんだけれども、そういう記憶はないんですか。」(答)「記憶にあります。」………(問)「それで我々のほうから見ればふざけた女だと思うだけで刺してやろうというふうには考えないんだけれど、その時はすぐ、それで刺してやろうというふうに結びついてしまつたの。」(答)「だと思います。」………(問)「このお母さんと違う女がいる。それに対して腹が立つたと、先程もあなたの調書読んだ時にはその女が今まで仕事をしろとか口やかましく言つたから腹が立つたと、こういうことだつたんだね。」(答)「(うなずく)」(問)「それだけでどうして殺す気になつたのかというところ、腹がたつということまでは理解出来ても殺す気に、どうしてもやらなければいかんというのはなぜなんだろうかと思うんだけれども、あなた自身で説明出来ますか。」(答)「説明できません。」というやりとりがなされている。

2、これらの被告人の供述にしたがうかぎり、母親に対する犯行の時点で、影山鑑定のいう「両親と入れ替つた男女から殺されてしまう」という被害妄想が確信の程度にまでいたつていたとは到底考えられない(小田鑑定における問診においても、被告人は、(問)「殺してやろうと最初に思つたのは。」(答)「時々頭に浮かんでました。二月の初めから。殺そうと思つたのは、三日の日です。顔見たら違うなと思つて、パツと台所に行つて包丁を持つてきたんです。………違う人に見えて殺してやると思つた瞬間に台所に行つて」と供述しているにすぎず、かかる被害妄想が強固に自分を支配していたという趣旨のことは全く述べていないのである。)。このことは、現に、被告人が母親を襲つたとき、母親はコタツに坐つてテレビを見ていたにすぎず、被告人を攻撃するようなそぶりを全く示していなかつたし、被告人自身そのように認識していたわけでもなかつたこと(被告人が一貫して供述しているところである。)からしても、明らかなところであるといわなければならない。

影山鑑定の右見解は、影山鑑定における問診における(問)「警察では『人の家に上り込んでふざけた女だ、殺してやろう』と思つたと言つているがふざけた女だとカツとなつて殺したのか、それともほつとけばいつかは親になりすました別人に殺されるので先に殺そうと思つたのか、どつちなのか。」(答)「(しばらくの間沈黙した末に)両方あるような気がする。」とのやりとりをふまえ、これに立脚してなされているものと思料されるが、右のやりとり自体からしても明らかなように、被告人の右問診における供述は、質問者の多分に誘導的暗示的な問いに対する受身的、消極的肯定の形でなされているものであつて、それ自体として直ちに十分な信用性を肯認しうるようなものではないこと、右問診の機会を別にすれば、前述のように、被告人は、その他の鑑定人の問診の機会も含めて、捜査段階から原審公判廷にいたるまでの間一度もこのような供述をしてはいないことなどに照らして、右問診の内容は信用できないものといわざるをえない(仮に百歩譲つて影山鑑定における問診の際の右供述の信用性を肯認するとしても、右供述のやりとり自体からして、右供述が、被告人が母親を襲つた時点で自分が相手を殺さなければ殺されるという緊迫した状況にあつたと認識していたことまでも意味しているものではなく、いつか相手からやられるのではないかという漠然とした不安感、恐怖感があり、それも本件の誘因の一つであるとする趣旨にすぎないことは原判決の指摘するとおりといわなければならない。)。

3、たしかに、カプグラ症候群と呼ばれる妄想によつて、被告人が実母に腹を立てたことは、それはそれなりにある程度了解可能であるにしても、それが殺意にまでいたつている点には、そこに一つの大きな飛躍があるといわなければならない。しかしながら、この点は、必ずしも母親を襲つた時点において、被告人の内面に、影山鑑定のように「両親になりすました別人から殺される」という被害妄想が、一つの確信の水準まで高められて存在していたと考えなければ理解しえないとは、直ちにはいえないところである。もとより、カプグラ症候群という誤認妄想を生じていた本件犯行当時の被告人の心理状態を、通常の精神状態にある者にとつて容易に理解しうるような合理的な説明がなされうるとは到底思料されないけれども、原判決が説示しているように、各鑑定でなされた心理テストの結果によつて認められる自己中心的、爆発的性格傾向、衝動的攻撃性、受身的攻撃性などと表現される被告人の性格傾向、従来不和とまではいえないにしても、両親、とくに母親から日頃しばしばその生活態度を口やかましく叱責され、被告人が肩身の狭い思いをし、両親に対する不愉快な感じを抱いていたこと(被告人がカプグラ症候群と呼ばれる妄想にとりつかれたことは、被告人が長年シンナーを乱用してきたことの結果に他ならないけれども、風祭鑑定にしたがえば、被告人のシンナー乱用による病理現象が右のような妄想という形で発現されているということは、そこに被告人の右のような肩身の狭い思いや、両親に対する不愉快な感情が濃厚に投影されていること、いいかえると右妄想が被告人のこうした感情に対する自己防衛、自己正当化の一面を帯有していることをも意味しているのであつて、こうした点からすれば、被告人の両親に対する右のような感情はかなり高度のうつ積したものとなつていたといつてよい。)、直前のシンナー吸引に基づく急性酩酊により、被告人が脱抑制状態にあつたことを併せ考えるとき、被告人の被害妄想が小田鑑定のいう程度のものであつたとしても、これらが競合して突発的に殺意にまで飛躍することも十分にありうるところといわなければならないからである。(なお、実父に対する犯行の動機について見ても、自己の殺人行為が、右のとおり父になりすました男に発覚すれば、その者が怒りのあまり自己に対してどういう行為にでるかわからないという不安を持ち、そのような不安がこうじて、いつそ先に殺害してしまおうとしたという説明も、もとよりそのような不安から、一挙に先制攻撃として殺害行為に出るのが一般的な心理の流れであるとは言えないにしても、前記のような被告人の性格傾向を考えるとき、それはそれなりに心理的メカニズムもなお了解可能な範囲にあると思料されることは、原判決の説示するとおりというべきである。)。

4、要するに、影山鑑定のうち被害妄想に関する部分は、誤つた事実認定に立脚するものといわざるをえないのに反し、小田鑑定及び風祭鑑定の見解は、被告人の一貫して供述しているところともよく符合しているといわなければならない。

六、以上、るる指摘した諸点を総合勘案するとき、影山鑑定は、前提事実の誤認ともからんで、精神分裂症に基づく「カプグラ症候群」と呼ばれる妄想が全人格的に支配している場合の判断を、そのまま本件にあてはめており、本件において右妄想が被告人を支配している状況が精神分裂症に基づくそれとはやや趣きを異にしている面があることを看過しているものというべきであるから、その鑑定の結果は採るをえないものという他はない。これに反し、小田鑑定は、本件の事実関係全般を的確にとらえ、バランスのとれた判断を示しているといわなければならない(弁護人は、小田鑑定が本件犯行後四ケ月以上も経過した時点、すなわち被告人の妄想もほぼ消失して正常に近い状態となつている段階でなされており、したがつて、右鑑定は鑑定時の被告人の精神状態に引きずられて本件犯行当時の被告人の精神状態を見誤つている旨これを論難するが、右鑑定が本件犯行時の被告人の精神状態と右鑑定時のそれとの差異を的確に把握したうえ、もつぱら本件犯行時のそれに照準を合わせて鑑定したものであつて、所論のいうように、右鑑定時のそれとを混同し、あるいはこれに引きずられたものではないことは、右鑑定自体から明らかであるといわなければならない。右主張は採用しない。)。したがつて、小田鑑定に依拠して、被告人の本件犯行当時の精神状態を心神耗弱の状態にあつたにすぎなかつたとした原判決の事実認定は、当裁判所としてもこれを正当として是認しうるところというべく、影山鑑定に立脚、依拠する所論は採用するに由ないものといわなければならない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を、当審における訴訟費用を負担させないことにつき刑訴法一八一条一項ただし書を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石丸俊彦 裁判官 小林隆夫 裁判官 日比幹夫)

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